広島・冠遺跡群の「日本最古」石器 発掘調査が続く

広島県廿日市市吉和の冠遺跡群(かんむりいせきぐん)で、「日本最古」とみられる石器の調査が続いている。奈良文化財研究所の国武貞克氏らが2024年に掘り出した石器は、放射性炭素による年代測定で約4万2300年前のものとされた[1][2]。現生人類の日本列島への到達は4万年前ごろの後期旧石器時代初頭と考えられてきたが、4万年より前の中期旧石器時代にさかのぼる可能性が出てきた[1]。

冠遺跡の石器が「最古」とされる理由

市の解説によると、石器が出たのは約3万6千年前の地層のさらに下だった。風化が強く進んだ石器がまとまって見つかり、年代測定の結果が約4万2300年前を示した[1]。

年代だけではない。市は、石器の形についても、後期旧石器時代の石器とは一致せず、中国大陸や朝鮮半島の古い時期の石器と共通するとしている[1]。地層の順序、年代測定、石器の形という三つの手がかりがそろって初めて、「最古」という見方に重みが出る。

香坂山遺跡が開いた西日本での調査

冠遺跡群での新たな発掘は2023年に始まった。きっかけは長野県佐久市の香坂山遺跡で、約3万7千年前の大型の石刃石器が見つかったことだった。国武氏は、大陸により近い西日本にもっと古い遺跡があるとみて、似た石器が地表で採集されていた冠遺跡群を調査地に選んだという[1]。

成果は地元でも公開されてきた。廿日市市は2026年2月23日、国武氏らが登壇する発掘調査の報告会を開くと発表した[2]。広島県立歴史博物館(福山市)も6月13日、国武氏を講師に「列島人類史は広島から始まる―定説を覆した冠遺跡―」と題した講演会を開いている[3]。

半世紀続く石材産地の遺跡

冠遺跡群は、標高1339メートルの冠山の南麓に広がる冠高原にある。旧石器時代の遺跡と分かったのは1970年12月で、中国自動車道の工事に伴って1979年に初めて本格的に発掘された[1]。

遺跡は、石器の材料になる安山岩の産地として全国有数とされる。広島県教育委員会は1991〜2000年に範囲と内容を確かめる調査を行い、報告書を刊行した[1][4]。この調査では、重さ100キログラムを超える石核が出土し、国内最大級とされている[1]。石材を求めて人が通い続けた場所だったことが、古い時代の痕跡が残る背景にあるとみられる。

「最古」の先にある問い

旧石器時代の研究には苦い記憶がある。2000年に発覚した旧石器捏造事件では、「日本最古」とされた数多くの発見が根拠を失い、教科書の記述まで書き換えられた。以来、古い年代の主張には特に厳しい検証が求められてきた。

その意味で、冠遺跡群の調査が、発見から年代の公表までに時間をかけ、報告会や講演で根拠を示しながら発掘と自然科学的な分析を続けていることは重要だ。市も、考古学的な調査とあわせて自然科学的な調査と研究を進めるとしている[1]。今後は、学術論文や正式な報告書として公表され、他の研究者による検証を経られるかが焦点になる。

4万年以上前の人々が中国山地の山あいで石器を作っていたとすれば、彼らはどのような経路で列島に渡ってきたのか。年代の古さを競うことではなく、その問いに答える材料を積み上げることが、この調査の本当の価値だろう。

脚注

  1. 廿日市市文化財課「冠遺跡群-わが国最古の狩人たち-」(2026年8月31日更新) https://www.city.hatsukaichi.hiroshima.jp/soshiki/59/143357.html
  2. 廿日市市「『わたしたちの祖先はいつ日本列島にやって来たのか ~冠遺跡群第8地点の発掘調査報告会~』を実施します」(2025年12月24日) https://www.city.hatsukaichi.hiroshima.jp/houdouteikyou/houdouteikyoushiryou/131196.html
  3. 広島県立歴史博物館「令和8年度 講演会・講座・博物館大学」 https://www.pref.hiroshima.lg.jp/site/rekishih/kouen-kouza-r08.html
  4. 奈良文化財研究所 全国文化財総覧「冠遺跡群」(広島県教育委員会ほか、2000年) https://sitereports.nabunken.go.jp/29688
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