
米国政府が国際刑事裁判所(ICC)の赤根智子所長らを制裁対象に指定してから1カ月余りが経った[1][2]。日本はローマ規程の締約国であり、ICC最大の分担金拠出国でもある[1]。対米関係と国際刑事司法の維持という二つの要請の間で、日本の姿勢が問われている。
所長を含む9人の裁判官が制裁対象に
米国は8月、2025年2月の大統領令に基づき、ICCの赤根智子所長と検察局の上級法廷法律家アブドゥライェ・セエ氏の2人を制裁対象に指定した[1][2]。ICCによると、これにより裁判官18人のうち9人と、副検察官2人の全員、前検察官らが米国の制裁対象となった[2]。
これに先立つ7月、ルビオ国務長官は米紙への寄稿で、あらゆる手段を用いてICCを解体すると主張した。国務省もICCを米国の主権に対する脅威と位置づけ、その解体に向けたキャンペーンを始めると発表した[3]。ベネズエラとチャドは脱退を表明している[4]。
ICC「司法の独立への露骨な攻撃」
ICCは8月19日の声明で、新たな制裁指定を強く拒否すると表明した。制裁は、締約国から委ねられた任務に基づいて活動する公平な司法機関の独立性に対する露骨な攻撃だと非難し、法を適用したことで司法関係者が脅かされれば、国際的な法秩序そのものが危うくなると訴えた[2]。そのうえで、ICCは屈することなく職員と被害者を支え、ローマ規程に従って独立して公平に任務を果たし続けるとしている[2]。
日本政府は外務報道官談話で懸念を表明した[5]。ただ、米国に制裁の撤回を正面から求める姿勢は示していない。
期待される役割と、実際にできることのずれ
アムネスティ・インターナショナル日本は8月25日、米国政府による制裁措置の撤回に向けた外交的働きかけを日本政府に求める声明を出した[4]。
ここに日本のジレンマが集約されている。分担金と人材の両面でICCを支えてきた実績があるからこそ、加盟国は日本の指導力を期待する。一方で、相手は安全保障の基軸となる同盟国である。公然と対立する選択は取りにくい。
とはいえ、懸念の表明を重ねるだけでは、期待に応えたことにはならないだろう。ICCへの圧力は、特定の裁判官への攻撃ではなく、条約に基づく国際機関の独立性への攻撃という性質を持つ。ここで締約国側が沈黙すれば、制度は運用面から先に空洞化していく。裁判官の半数が制裁対象という状態は、裁判所の日常業務そのものを困難にする。
日本がとりうる現実的な選択は、二国間で静かに撤回を求めることと、締約国の多数で共同の立場を示すことの組み合わせだろう。秋の臨時国会では外交・安全保障も論戦の対象となる。留任した茂木敏充外相が、この問題にどのような言葉を与えるのかに注目したい。法の支配を掲げる国の姿勢は、こうした局面での具体的な行動によって測られる。
脚注
- Human Rights Watch「米国がICC赤根智子所長を制裁対象に追加」(2026年8月19日) https://www.hrw.org/ja/news/2026/08/19/us-sanctions-icc-president-tomoko-akane
- International Criminal Court "The ICC strongly rejects new US sanctions designations"(2026年8月19日、英語) https://www.icc-cpi.int/news/icc-strongly-rejects-new-us-sanctions-designations
- ヒューマンライツ・ナウ「米政権による国際刑事裁判所(ICC)解体発言および圧力を強く非難し、国際司法の独立性と『法の支配』の堅持を求める」(2026年7月) https://hrn.or.jp/wpHN/wp-content/uploads/2026/07/9db999aefc3e3610a141716c3cc56b1e.pdf
- アムネスティ・インターナショナル日本「日本:米国政府によるICC制裁措置撤回のため、外交的働きかけを行うよう日本政府に求めます」(2026年8月25日) https://www.amnesty.or.jp/news/2026/0825_11072.html
- 外務省「国際刑事裁判所(ICC)に対する米国の制裁(外務報道官談話)」 https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/danwa/pageit_000001_03136.html

