
日本とドイツ両政府は10月1日、第三国で紛争や災害などの緊急事態が起きた際に、互いの国民の退避で協力するための覚書に署名した[1]。茂木敏充外相とペトラ・ジグムント駐日ドイツ大使が外務省で署名した。平時から情報を共有し、緊急時の自国民保護に生かす狙いだ[1]。
日本は2024年以降、韓国や英国などとも、自国民保護に関する同様の覚書を結んでいる[2][3]。
日独の自国民保護覚書、何を決めたのか
覚書の正式名称は「海外における日本国民及びドイツ国民の保護に関する日本国外務省とドイツ外務省との間の協力覚書」。外務省によると、両国は過去の退避での協力実績を踏まえ、不測の事態における海外からの自国民退避で連携を強めることで一致し、その協力を円滑に進める枠組みとして署名した[1]。
外務省は覚書の効果について、平素から日独間で情報共有などが行われ、「海外における緊急時の邦人保護に大きく資することが期待されます」としている[1]。署名式の機会に茂木外相とジグムント大使は懇談し、幅広い分野での協力も確認した。
ドイツ軍機で邦人が退避した過去
日独の間には、すでに実際の退避で助け合った経験がある。外務省が示した事例は次の2件だ[1]。
- 2004年11月 コートジボワール:政府軍と反政府勢力の衝突などで情勢が悪化し、ドイツ軍用機で邦人11人がガーナとパリに退避した
- 2013年12月 南スーダン:政府と反政府勢力の衝突で情勢が悪化し、ドイツ軍用機で邦人4人がウガンダに退避した
いずれも、日本の自衛隊機や政府のチャーター機がすぐには到着できない状況で、現地に輸送手段を持つ他国の力を借りた形だ。今回の覚書は、こうした「その場の善意」に頼ってきた協力を、平時からの取り決めに置き換えるものといえる。
韓国、英国に続く自国民保護の枠組み
日本が最初にこの種の覚書を結んだのは韓国で、2024年9月6日に署名が完了した[2]。日韓は、2023年4月のスーダン、同年10月と11月のイスラエルからの退避などで協力を重ねてきた。外務省は当時、日韓両国から遠く、使える支援手段が限られる現地事情の中で、両国の協力が円滑な自国民保護に役立ってきたと説明している[2]。日韓の覚書には、平時からの訓練などの情報共有、退避計画を含む危機管理の情報交換、退避を決めた場合の相互支援などが盛り込まれた。
2026年4月には英国とも覚書を交わした。英国との間では、2004年のコートジボワール、2006年のレバノン、2013年の南スーダン、2021年のアフガニスタンで、英軍の航空機や艦船によって邦人が退避した実績がある[3]。
なぜ「同志国との備え」が必要なのか
海外で暮らす日本人や旅行者は多いが、紛争や大規模災害は予告なく起きる。空港が閉鎖されたり、陸路が危険になったりすれば、日本から救援機を送っても間に合わないことがある。そうしたとき、現地に部隊や航空機を持つ国が空席を融通してくれるかどうかは、平時の関係づくりにかかっている。
覚書は法的な拘束力を持つ条約ではなく、実務の協力を円滑にするための枠組みだ。それでも、どの部署が窓口になり、どんな情報をあらかじめ共有しておくかが決まっていれば、危機の初動で迷う時間を減らせる。欧州の主要国であるドイツとの枠組みは、日本の拠点が手薄な地域での選択肢を広げることにもなる。
協力は一方通行ではない。日韓のケースのように、日本側が相手国の国民を運ぶこともありうる。自国民を守る力を互いに貸し借りする関係を、どれだけ多くの国と築けるかが問われている。
脚注
- 外務省「海外における自国民保護に関する日独協力覚書への署名」(2026年10月1日) https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/pressit_000001_04234.html
- 外務省「第三国における自国民保護に関する日韓協力覚書への署名」(2024年9月6日) https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/pressit_000001_01137.html
- 外務省「海外における自国民保護に関する日英協力覚書への署名」(2026年4月20日) https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/pressit_000001_03638.html

